カナダ人日系三世、ジム小嶋氏の生育地、スティ-ブストンを訪ねる

平成24年12月に、ジム小嶋氏を、カナダに訪ねました。氏は、柔道や、バンク-バ-冬季オリンピックなどを通して、日本とカナダのスポーツ交流に、大変尽力をされました。その功績によって、平成23年秋に、外国人叙勲、『旭日小綬賞』を受章しました。長年の日・加の架け橋としての苦労が報われました。そのお祝いに、私たち大阪の友人が駆けつけました。

なぜ私たちが友人なのか、奥様が大阪出身です。年に何回か、奥様と来阪をされます。それだけでもなく、ジム小嶋氏は、元国際柔道連盟審判委員長です。私たち柔道仲間は、もともと知っておりましたが、大阪にゆかりがあると知り、さらに懇意になりました。

氏とは、20年来のおつき合いですので、人柄もエピソ-ドもよく知っています。奥さんとは、京都でお見合いをして、その和服姿の美貌に、いっぺんで魅了されたようです。カナダ育ちの日系三世なので、ロ-ケンションといい、さもありなんと想像できました。カラオケは、「孫」と「カントリ-ロ-ド(英語版)」をよく歌われます。「カントリ-ロ-ド」の歌詞に、『この道 ずっとゆけば あの街に 続いてる 気がする カントリーロード』の部分があり、その歌に郷愁も感じられ、いつも聞き惚れます。

しかし、氏には残念な体験もあります。第二次世界大戦において、アメリカ・カナダの日系人は、強制的に収容されました。氏はその体験があります。「篠原さん、私は2回一文無しになりました。」と言われたことがあります。収容されるときと、開放されるときです。さぞ苦労されたことだろうと思われます。私は、小島氏が、どんなところで生活をして、どう生きてきたかを、垣間見たい気になりました。それで、総勢9名が、カナダに訪ねて行きました(押しかけました)。奥さん同士も懇意なので、夫婦連れで。

生育の地・スティ-ブストンは、ブリティッシュコロンビア州の南西部、リッチモンド市にあり、ジョ-ジア海峡に面した漁村です。かつては、鮭の缶詰加工業の中心地として栄えていました。そのこともあって、日本からの移民が多く住み、日系カナダ人コミュニティが現在もあります。特に、和歌山県からの移民が多く、小嶋氏も和歌山がル-ツです。

日本からの移民、アサヨ・ムラカミさんの家が、当時のままで保存されていました。小さい木造の家の中には、ミシン・日本人形・日常品などが残っていました。昭和初期の雰囲気が感じられました。彼女は、送られてきた男性写真を頼りに、広島・尾道から、この地まで来たそうです。来てみると、その写真は20年前のもので、とても結婚相手にはなりえません。彼女の偉いところは、その人からお金を借りて働き、別の男性と結婚をして、荒波を乗り越えて、人生を切り開いてきたことです。家の中に、30名ほどの人たちが、一同に集まっている写真がありました。子孫達です。

ジム小島氏も、いまは漁業博物館として残っている、ジョ-ジア湾缶詰工場で、若いときは働いていたそうです。そして、15歳から柔道をはじめ、それが支えになったのでしょうか。幾多の荒波を乗り越えて、いまは、温厚で、奥ゆかしく、思いやりのある人柄です。

私たちは、スティ-ブストン柔道場に案内されました。新しくて、立派な道場でした。過去には、嘉納治五郎も、エジプトのカイロで開かれたIOC総会からの帰途に、訪れたこともある、由緒ある道場です。私たちが訪問したときには、日系の人たちが集まってくれていました。その人達が、歓迎会を、寿司屋『一朗亭』で開いてくれました。三世・四世の方々ですので、日本語がほとんど通じません。が、日本人の遺伝子があり、思いがありますので、通じ合えます。昔は、あんなおしさんがいたなあと思いながら、歓談しました。

小嶋氏の、日本人への思いです。「一世たちは、何も持たずに日本からカナダに渡り、戦争ですべてを失い、コロンビア州に戻ってきてまた無から始めました。漁業ライセンスを取られても文句を言わず、百姓や大工をしながら、一生懸命働きました。そこには日本人の負けん気、プライド、尊敬やマナーがあったのです」と、時代はもう一度、日本人に、その気持ちを呼び戻させて、戦後を歩み始めることを求めています。

シアトルにも、よくぞ知り合えた、ジョ-ジ内田という源日本人がいました。

バンク-バ-の蒸気時計とガス灯のある町並、中華店・酒場・レストラン等での食事、早朝に一人で入った喫茶店、新渡戸稲造記念日本庭園、日本人移民の足跡、日系の人たちとの交流、快適なホテルなど、実りの多い訪問でした。

もちろん、その後も大阪で、ジム小嶋夫妻、私たちとの交流は続いています。

(ジム小嶋夫妻〈中華レストランで〉)

画像


(バンク-バ-の蒸気時計とガス灯の町並)
画像


(アサヨ・ムラカミハウス)

画像


(ムラカミさんの子孫達)
画像


(日系柔道クラブの人たち)
画像


(一朗亭レストランで歓迎会)
画像


(ジョ-ジア湾缶詰工場の功労者像前で、小嶋氏の説明)
画像


(スティ-ブストン港)
画像


(ハイアットホテルのロビ-の飾り)
画像

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック